South Island(南島)      2004.2.17〜4.3 
  

2月17日(火) Picton→Kaikoura(160キロ)

  
 ウェリントンからフェリーで2時間15分で南島の玄関口であるピクトンに着いた。ウェリントンと違い小さな港町らしく、入り江にはヨットや船が多く停泊していた。

 早速レンタカーの事務所に電話をして迎えに来てもらった。電話や車の中で盛んに「フロウ、フロッド」と言っており、何の事かわからなかったが事務所の近くに来て初めてわかった。驚いたことにあたり一面洪水でパトカーが止まっていて、あちこち通行止めになっていた。

 今朝までここの事務所も水でつかり、車はすべて他へ移動して今はこの2台のレンタカーしかないという。1台はカローラバンで乗り心地が悪いのでやめ、仕方なく日産サニー1500を借りた。走行距離14万キロ、掃除もしていないらしく汚く変な匂いがこもっていたが我慢して借りた。


 事務員の話によるとストームの影響で、道路が閉鎖されたり橋が壊されたりしているらしく、予定しているカイコウラ迄行けるかどうかわからないと言う。ええっまたっ、という感じだったが行けるところまで行こうと出発した。


 途中大きな町があり偶然AA(日本のJAFのようなもの)を見つけ、道路情報を聞きついでにカイコウラのモーテルも予約してもらった。クライストチャーチまでハイウェイ1号線で行けると聞き安心した。

 カイコウラは小さな町だがホエールウオッチングクレイフィッシュ(イセエビの仲間)で有名で、町外れのレストランにイセエビ料理を食べに行き、久しぶりにおいしい食事にありつけた。またサザン・アルプスの山並みを見渡せる海岸線もとても綺麗だった。

 泊まったモーテルのオーナー・テリーさんは日本人ひいきでいろいろと話し、情報もいっぱい教えてくれた。クライストチャーチに1ヶ月ほど滞在するので、また来ると約束してわかれた。




 

2月18日(水) Waikuku Beachの1軒家に
 クライストチャーチに5週間滞在する予定で、日本にいる時からアパート探しを業者に頼んでいたが、観光シーズンでなかなか見つからず、オークランドにいるときにやっと決まった。最初はクライストチャーチ市内から30分離れた所にある別荘・・・と聞いていたのだが、実際バウチャー(予約書)を見ると、ホリデーハウスと書いてあった。


 ワイクク・ビーチにある2ベッドルームの1軒家で、光熱費なども入れて週350$+手配料2万円。今のレートが1NZ$=78円なので5週間約15、7万円。家具も寝具もついているし、インターネットで送ってきた写真を見ると窓も大きく、明るそうで多いに期待していた。

 オーナーに電話して会う時間を決めて直接家に行った。外観は写真の通りで木に囲まれ、明るそうな落ち着いた感じの家だった。中もリビングは広くソファや椅子、TV、ステレオ、暖炉、クリーンヒーター等があり、古い感じがしたがまあまあだった。

 台所はとても明るく、冷蔵庫、冷凍庫、電子レンジ、オーブン等一通りのものは揃っていたが、文化の違いか日本で使っているような、鍋やフライパンはなく、食器棚も木で作った箱のようなもので意外だった。

 次にトイレとシャワーを案内してもらったが、入ってびっくりした。床は剥き出しでコンクリートが見え、裸電球がぶら下がっていた。

 主寝室は明るかったが壁紙がはがれ、今にも壊れそうな古い洋服ダンスが置いてあった。もう一つの寝室には2段ベットが2つとシングルベッドが1つ入り、狭くただうっとうしいだけの部屋だった。人に貸すのにどうしてもっと綺麗にしないのか、修理したらもっと良くなるのに・・・とHARUと散々文句を言いあった。

 でもよく見ると掃除がしてあり、トイレットペーパーや洗剤等のストックも十分にあり、ヒーターも入れてあり、オーナーはそれなりに気を使ってくれているらしかった。


2月19日(木) 家の掃除
 朝から部屋の掃除と洗濯をした。家の前と裏に大きな木があるので、少しでも風が吹くと落ち葉や木屑が入りすぐにごみとなり窓を閉めまくった。

 裏庭は広く芝生に覆われ、りんごやレモンの木もあり花も植えてあった。洗濯物を干すロープが張ってあり、そこに洗濯物をつるすだけだった。家の周りにもいろいろな物が雑然と置いてあり、使い放しのままだった。ここも整理すれば、もっと良くなるのに・・・と自分の家でもないのに残念に思った。

 夕方近所を散歩した。どうもこの当たりはホリデイ・パークですぐ前に公園とプールがありこの寒いのに、子供達がプールに入っていた。その横が事務所になっていて、キャンピングカーが数十台も停まっていたり、ロッジがいくつもあった。

 松林を抜けると海岸に出て風がとても強く、砂が目に入り砂嵐のようだった。この海が南太平洋に繋がっていると思うとなんとなく不思議な気がした。





2月22日(日) 姉とその友人が来る

 私達がクライストチャーチにいるというので、MINEの姉と友人のマッちゃんが10日間の予定で遊びに来た。2人とも英語が出来ないのにクライストチャーチ着、オークランド発の飛行機で、帰りはオークランドで一泊し、国際線に乗りかえると聞きそんな無茶なとびっくりした。2人とも怖さ知らずと言うのか、おばさんのくそ度胸と言うのか・・・・。私達の方が心配なのでオークランドの酒井さんに連絡し、送迎をお願いした。

 早速市内観光に行った。まずはクライストチャーチのシンボルである大聖堂へ。高さ63mの尖塔のある美しい教会で、134段の階段を登り展望台に上がった。市内を見渡せ大体の位置感覚がつかめた。

 次に大聖堂からまっすぐ進み、エイボン川を渡りアートセンターへ行った。ここは20数年前まではカンタベリー大学の校舎として使われていたもので、石造りの建物が歴史を感じさせた。日曜日とあって多くの野外マーケットがあり、おしゃれな小物や手編みのセーターや帽子、やぎのミルクで作った石鹸などが売られていて見ているだけでも楽しかった。

 その後ハグレー公園にある植物園を散歩した。「花の町」と言われるだけあって綺麗な花々が咲き乱れ、緑いっぱいの中をのんびりと歩くのはとても気持ち良かった。

 あとはエイボン川に架かっている追憶の橋や、花時計のあるビクトリア・スクエア等たった半日で、お登りさんよろしくあちこち見てまわった。もちろん初日から土産物屋もしっかりのぞいた。

 



2月23日(月) Mona Vale と Northlands Mall へ

 今日は19世紀末のビクトリア様式の個人邸宅であるモナ・ヴェイルへ行った。緑に囲まれたオレンジ色の屋根の美しい屋敷で、広い庭園があり、敷地内のエイボン川のパンティングと、レストランでの昼食を楽しんだ。

 パンティングとは、棒を櫓にして漕ぐイギリス独特の小船のことで、漕ぐのは難しいらしい。白いユニフォーム姿の青年が漕いでくれるボートから、美しい花々や多くの鴨達が遊んでいる風景を眺めながら、ゆったりと優雅な時間を過ごした。いつも忙しい2人の主婦は、さかんに贅沢やなーを連発していた。

 その後、帰り道にある市内最大のショッピング・モールへ行き、2時間ほど自由解散にした。モール内には、Pak'n Save 、Ware Houseの2つのスーパーと、ファッション、スポーツ、生活雑貨、書籍、レストランなど100近くの専門店がある。またモールの中央にはフードコートがあり、カフェ、中華、マグド、すし、インド,タコス等いろいろな国の料理(?)が手軽に食べられる。




2月24日(火) Akaroaへ
 
 ホリデーハウスから約2時間半、バンクス半島にある港町アカロアに行った。市内を抜けるとどこまでも続く、広々とした牧歌的な風景が広がりそんな中、1軒のおしゃれなカフェを見つけた。店に入るといらっしゃいませと日本語で書かれた小さな看板を見つけあれっと思った。オーナーが何年か日本に住んでいたらしかった。

 そこからバンクス半島の山を越え、くねくね道を走りBarry's Bay Cheese Factoryでチーズの試食をし、綺麗なアカロア湾へを見ながら走った。アカロアはフランス系移民によって開拓された町で、いたるところにフランスの国旗が見られた。

 街全体がこじんまりとしていて、港町ながらおしゃれな感じで、歩いて店やレストランなどを見てまわれるくらいだった。



 

2月25日(水) Lytteltonへ

 市内と港町リトルトンの間にある標高400mのMt.Cavendishにあるゴンドラを乗りに行った。展望台からは、カンタベリー平野からリトルトン港、太平洋、南アルプスの山々まで一望でき、雄大な風景を満喫した。

 その後リトルトン港へ行ったが、クライストチャーチで第3位の水揚げがある港だけあって工場地帯の雰囲気で、外からタイムボール・ステーションと言う建物だけを見た。

 リトルトンから海岸線に沿ってドライブし、Cashmere HillにあるSign of the Takaheに行った。ここは50年ほど前に政治家が立てた石造りの邸宅で、日本人の観光ルートに入っているらしい。中に入ると英国の紋章やよろい、馬具など飾られ中世の古城のような感じだった。

 ランチを・・・と思ったが予約がいるらしく、何か食事をしたいと言うとマフィンと紅茶を出してくれた。帰ってからここは超一流のシェフのいるレストランで、最高の料理を最高の部屋でいただく究極の晩餐・・・と知り、びっくりした。





2月26日(木) Christchurch→Tekapo→Lake Pukaki→Queenstown(530キロ)

 朝から抜けるような快晴。姉達の旅の目的地、Milford Soundへ向けて朝8時ホリデイハウスを出発した。クライストチャーチ市内を抜けハイウェイ1号線で南下し、途中いくつかの小さな町を走り抜けると、防風林に囲まれただだっ広い牧場がどこまでも続く。初めは羊が珍しくいちいち「アッ、羊!羊!」と声をあげていたが、見なれてくるとあまりの数の多さに気持ち悪いと思うほどに・・・。

 羊達のほとんどはずっと草を食んでいて下を向いたまま。顔を上げたり、並んで歩く姿なんてめったにお目にかかれない。私達がイメージする観光用のポスターはよほどうまく写真を撮っていると思う。羊もさることながら、高い金網に囲まれた鹿牧場が印象に残った。

 いくつかの山を越え、単調な牧場の風景に飽きてきた頃、目の前に万年雪をいただく3000メートル級の山々が見えてきた。有名なMt.Cookを初めとする18のピークと、谷間を埋める数多くの氷河によって形成されるサザンアルプス山脈だ。あまりの美しさにどの車も停車し、いっせいに写真撮影。

 次にテカポ湖に着いた。湖のそばに建つ「善き羊飼いの教会」から見るサザンアルプスの山並みと、ミルキーブルーと形容されるテカポ湖の水の色は取り合わせはすばらしく、壮大な自然の姿に圧倒されカメラにはとうてい収まりきらなかった。

 テカポ湖から30分程走ると、プカキ湖とMt.Cookが見えてきた。マウント・クックは1年のうち半分以上姿を現さないというから、そんな頂上の勇壮な姿をはっきり見えるなんて本当にラッキーだ。ここもテカポ湖と同じように、水の色はミルキーブルーで氷河期の地形の名残だそうだ。これから行くクイーンズタウンのワカティプ湖も氷河が溶け出したものとか・・・。

 夕方5時過ぎ、無事クイーンズタウンに到着。予約してあった日本人経営のロックスB&Bに行ったが、もてなしの心が感じられず値段が高いだけだった。海外で日本人が経営しているところは、どうしても日本人感覚の値段になってしまい高くつく。もうこれからはやめようと思った。

 今日はHARUの57才の誕生日。シーフードのレストランに行きみんなでお祝いをした。



2月27日(金) Milford Sound一日ツアー(600キロ)

 今日も朝から快晴。なんとついていること!ミルフォード・サウンドを初めとするフィヨルドランド一帯は、最も雨の多い地域で年間降水量は6000mmで、快晴の天候に出合うことはむしろ稀・・・とガイドブックにあったから、最初からあきらめていたのだ。その上今回の旅はずっと雨や強風に悩まされていたのに・・・。これも晴れ女の姉やマッちゃんのおかげかもしれない。

 朝7時過ぎ、Real Journeysのツアーバスでクイーンズタウンを出発。まずはTe Anauまで2時間半。ティアナウはミルフォード・サウンド等の観光の基地で、静かなティアナウ湖に面して宿泊所,みやげ物店などがありこじんまりした感じの町だ。ここで30分の休憩。

 ティアナウからミルフォード・サウンドに至る道は、深い山あいを縫って進む変化に富んだ山岳路線で、最初はエグリントン川の広い河川敷に沿って進み、次にブナの森林の中を走りミラー・レイクへ。ここは名前の通りまわりの山が鏡のように水面に写る湖で、晴天、無風の条件に恵まれたこの日ははっきりと見えた。


 その後、18年間かかって造られたホーマー・トンネルを抜け、急流による侵食で曲線的に削られた奇岩のキャズムを見てやっとミルフォード・サウンドに到着。ここからは2時間のクルーズだ。ミルフォード・サウンドは、氷河によって周囲の山々が1000m以上にわたり垂直に近い角度で削り取られ、海に落ち込んでいる・・・という壮大な眺めで、ニュージーランドを代表する風景だとか。

 船に乗ってまず食事。それが終わると皆デッキへと移動。風は強いが思ったほど寒くない。目の前に海面から垂直に切り立った1692mのMitre Peakが迫り、ライオン岩やエレファント岩を見て、フィヨルド内で一番狭いところを通りぬけるとそこはタズマン海。そこからまた戻って146mの高さから流れるスターリン滝や、160mの高さから豪快に流れ落ちるボウエン滝の水しぶきを浴びたり・・・・。あっという間の2時間だった。

 またバスに乗り、行きと同じルートでクイーンズタウンに戻ってきたのが7時過ぎ。まる12時間のツアーであーあ疲れた



2月28日(土) Queenstown→Fairlie(309キロ)
 
 朝から小雨、でも今日は帰るだけだからイヤな雨ではない。人間って本当に勝手なものだ。天候一つで喜んだり悲しんだらりするんだから・・・。

 帰る途中、Kawarau Bridgeで多くの人が集まっているので行ってみると、バンジー・ジャンプをやっていた。大きな橋の真中にバンジー・ジャンプをする台があった。その背後に待機所があり、ここでジャンパー達は両足首をロープで固定され、指導員に何かを言われていた。

 「次は彼の番?」と指導員に聞くと、「あなたの番」と言われ怖いからと言って慌てて逃げた。ジャンプ台から川までの距離は、50mくらいはあると思われるが、橋の両側から見ているだけで恐ろしさに身震いしそうだ

 指導員の「3、2、1!」の声でジャンパーは、思い切りよく飛び込んだ。飛び込んだと同時にロープの半分くらいの距離まで反動で飛び上がり、その後、大きく前後に数回揺られて、下で待っているゴムボートに救い上げられた。

 この間、あっという間で、今か今かとカメラを抱えたまま待っている方が長かった。私達からするとまさに自殺行為でこんなのに125$も出すなんて信じられないが、若者にとってはそのスリルがなんとも言えないのだろう。私達が待っている1時間の間に、飛んだのは男性が2人だけだったが、女性でも飛ぶ人がいるのだろうか?

 


2月29日(日) 姉達帰国

 朝Fairlieのモーテルを出発し、昼過ぎ無事にクライストチャーチ空港に着いた。姉達は今夜オークランドで1泊し、明日の早朝オークランドから飛び立つのだが、酒井さんが手配してくれるから大丈夫だろう。

 過ぎ去ってみるとあっという間の1週間だった。マッちゃんの希望でツアーでは行けないような所へ行き、スーパーや普通の店で買い物をし、B&Bやモーテルに泊まったりしたが、楽しんでくれたのだろうか?

 英語が出来なくて心配だった姉が、ホリデーハウスの隣のコンビニでちゃんとフライド・ポテトを買って来たし、ガソリンの支払いもカードを使ってしてくれた。たぶん片言の単語「ノー、ノー。」や「サンキュウー」とジェスチャーだけで通じたのだろう。それにしてもおくせず行動できるなんてさすが年の功だ。

3月4日(木) HARU再び針医者へ

 姉達が帰ったあとの3日間、HARUは寝てばかりだった。一度買い物にモールまで行ったが1時間も歩くと、腰がだるく足が痺れて歩けなくなった。これは大変と市内へ針医者をさがしに行った。観光客が行かない町外れのチャイニーズが居そうな所まで行ったが見つからなかった。

 あきらめて車に乗っての帰り道、高級住宅地Merivale Mall当たりの信号待ちで、何気なく外を見ていたらAcupuncture Centerの看板が目に入った。個人の家だが立派な建物で綺麗にしてあったので、安心して中に入った。私達は旅行者であること、今までの経過や今の状態を話し、針治療をしてほしいといった。

 まだ若い中国人の医者は、うんうんと聞くだけであまりしゃべらず、20分間のマッサージと20分間の針治療をしてくれた。ここは初診料も取らず治療費は$40でオークランドより安かったが、なぜかもう一つ信頼できなかった。

3月5日(金) 再び市内観光へ

 昨日の針が効いたのか、HARUの腰も少し軽くなり市内へ行った。HARUはまだあまり歩けないので、5時間ほど別行動にした。

 MINEはもう一度アートセンターへ行った。姉達と行った時にはわからなかったが、建物の中に40ほどの工作所があり、陶芸や彫刻、染色、編物など実際に作業をしたり販売をしていた。また中庭に面したホールでピアノ演奏があったので、30分ほどのんびり演奏を楽しんだ。

 次にCanterbury Musueumや新しく出来たChristchurch Art Gallery、土産物店等気のすむまで見てまわった。9600歩ほど歩き帰りには足がだるくなったが、自分のペースで行動できるので気楽だった。たまには別行動もいいものだ。




3月8日(月) よもやま話
  
 その1
 
オークランドのアパートで電話を開設したが請求書が来ないので、クライストチャーチに請求書を転送してもらうように頼んでこちらに来た。そして酒井さんから、郵送したの連絡があり、今か、今かと毎日郵便ポストをのぞいて待っていた。

 10日経ち、2週間過ぎても郵便が届かない。どうもおかしい、住所を間違えたのか?等いろいろ考えたがわからなかった。ある日隣のコンビニに買い物に行き、キャッシャーの後ろに棚があり、郵便物が入っているのが見えた。

 初めは私書箱?かなと思ったが念のために何か聞き、郵便を待っているがなかなか届かないことを言った。すると名前を聞かれ頭文字のTの棚を探し始め、はい、これっ。と郵便物を渡された。こんなところにあったのだ。それなら、各家に郵便ポストを作るなと言いたい。




その2 

 ここで走っている車の8割くらいは日本車だ。それも中古車が非常に多く、私達のレンタカーにも東京都練馬区光が丘の保管場所のステッカーや、身代わり不動尊のお札が貼ってある。どうしてそれらを取らないの不思議だ。そんな小さなことにこだわってないのだろうか?

 もっとおかしいのは、近所を散歩した時「大小宴会承ります。〇〇レストラン」と日本語で大きく書かれたバンを見かけ、思わず声を出して笑ってしまった。そばにいた車の持ち主が怪訝そうな顔をしていた。よほど日本語の意味を教えてあげようかと思ったが、余計なお世話だから止めた。あんな車で走っていて恥ずかしくないのだろううか。日本語で書かれているから、格好いいとでも思っているのだろうか?

その3 
 クライストチャーチの市内観光も飽きたし何かしようと、日本人対象の無料情報センターへ行った。市内にはこの種の業者が2〜3社あり、ワーキングホリデーや語学留学生の生活サポートから、ツアーの予約までいろいろやってくれる。中にはこちらの小・中学校で日本語を教えたり老人ホームでボランティアをしませんかというのもあるが、これもしっかり紹介料を取るから驚いてしまう。

 私達はもっぱら無料掲示板を見て、気に入ったものがあれば自分で連絡を取り参加するようにしている。今見つけているのが、教会や市民のボランティアによる英会話Farmの日曜体験実習Baking Lesson だ。このごろでは電話するのにかなり慣れ今までのように怖くはなくなった。相手の言うことがわからなければ、「ごめんなさい、わかりません。」と言い、自分の言いたいことだけ言うようにしている。



3月9日(火) Winery巡り
 
 私達の住んでいるWaikuku Beachから車で40分の所にあるWaipara地域にワイナリーが13ほどあり、その中でレストランの併設している所だけ見てまわった。ワイナリーでテイスティングするのに、何がいいのか聞かれるのでガイドブックで予備知識を得て行った。

 辛口の白でフルティーな味ならソーヴィニヨン・プラン。コクのある味ならシャルドネー・・・。実際3ヶ所のワイナリーでテイスティングをしたが、どれも軽くてあまりおいしいとは思わなかったというか、よくわからなかった。

 ワイナリーに併設しているレストランには、ぶどう畑を見渡せ結婚式も挙げられるゴージャスな所もあったが、誰も客は居なかった。それよりも個人経営の小さなワイナリーのレストランが賑わっていた。

 私達もそこで時間をかけてゆっくりとランチを楽しんだ。外の風に吹かれながら、のんびり過ごすのはとても気持ちよかった。


 ワイククからワイパラまでハイウェイ1号線を走ったのだが、この1時間弱の間にいろいろな動物を見た。一番珍しかったのが、この写真のオーストリッチ。初めは名前がわからなかったが、同じように車を止めて見に来た人に教えてもらった。足元に生えていた草の実をあげたら、長い首を伸ばして持っている手までつつかれそうで怖かった。

 その他、鹿は車を止めるとこっちをじっと見ているが、ドアを開けると同時に走って逃げてしまう。よほど臆病物なんだろう。

 やぎは逃げはしないが、最初は用心深くこちらの様子を伺っていて、何かえさをあげるとすぐ慣れてくる。馬はとても可愛く、首や背中をたたいてあげるとじっとしている。

 面白かったのがだ。近づくとえさをもらえると思うのか、走って寄って来る。はあちこちでよく見かけるが、珍しくもないので私達も相手にしない。ニュージーランドでこれだけの動物に会えると思ってもいなかった。



3月10日(水) Antarctic Centre(南極センター)へ

 レンタカーのウィンドー・ウオッシャーの水が全然出なくなったので、クライストチャーチの営業所を探して修理してもらいに行った。空港の近くで場所もすぐにわかり、インド人のスタッフは口数は少なかったが、気持ちよくすぐに修理してくれた。

 その帰り近くに国際南極センターがあることを知り、時間もあることだし寄ってみた。欧米人は観光コースに入っているらしく、大型バスで来ていたが、日本人は見かけなかった。去年の秋、皇太子と雅子さんが来られたらしく、大きな写真が飾ってあった。中はあまり期待してなかったが、入って見ると案外面白かった。

 ニュージーランドと南極は距離的にも近く、クライスト・チャーチ空港が南極への輸送、通信基地として使われていること。南極の四季、生物の紹介、探検の歴史などわかりやすく展示してあった。

 最後に見た映画は、南極の自然や風景、動物の姿などを映し出し、あまりの美しさに二人は感動してしまった。そして南極へ行きたいという思いが膨れ上がってきた。

 ニュージーランドから出発するツアーがあるらしく、そのツアーを主催している会社が市内にあるので探しに行ったが、見つからなかった。いつか南極にいきたいなぁ

 



3月11日(木) 無料の英会話クラスへ

 Bishopdaleというモールの図書館で、市民ボランティアによる英会話クラスがあるというので行ってみた。図書館の2階がコミセンの様になっているらしく、部屋数も結構あった。

 エジプト人,韓国人、台湾人,イタリア人、そして日本人と12人くらいの人が集まり、ボランティアは主婦3人。最初に簡単な自己紹介があったが、皆は何回か来ているらしく初めての参加は私達だけだった。

 図書館の人が来て、この図書館の紹介や説明をクイズ形式でやりとりした。小規模ながらも、大人から子供用まで充実している様だった。パソコンもインターネットなら無料で使え、図書カードを作ればメールも出来ると聞き,早速作ってもらった。

 ホリデーハウスには電話がないので、メールは市内のインターネットカフェでしているが、ホームページのアップが出来なくて困っていた。市内の中央図書館なら、個人のパソコンを持ちこんで使えると教えてもらい助かった。

 英会話に来たのにこんなサービスまでしてるくれるなんてラッキーだった。毎週火曜日木曜日にあるので参加することにした。


3月13日(土) Baking Lessonに

 カフェで食べるキッシュスコーンが案外おいしいので、料理にあまり縁のないMINEだがこの機会に習うことにした。9時にSandoraさんの家に行った。生徒はMINE一人でホームステイしているMiwaさんが手伝ってくれた。

 3時間ずっと立ちっぱなしでキッシュやクッキー等の6種類のお菓子を作った。Sandoraは説明するだけで、大部分を実際に作らしてくれたので疲れたが面白かった。

 その後ご主人や子供さん、偶然遊びに来た友人、それに迎えに来てくれたHARUも交えて作ったキッシュを食べた。そして私達のホームページの写真を見ながら、カナダや和歌山の家のことなど話が弾んだ。

 Sandoraのこの家も、築80年だがご主人が改装したとかで、とても綺麗で清潔な感じだった。特に庭も手入れが行き届き花でいっぱいだった。ニュージーランド人は綺麗にしないと書いたが、人によって違うということがわかった。



3月15日(月) ええっ、蒸気機関車が道路を走ってる?

 やはり南極ツアーのことが気にかかり、情報だけでも得ようともう一度ツアー会社を探しに市内へ行った。今度は地図を持っていったのですぐにわかった。

 南極ツアーに興味があるというと、担当者は待ってましたとばかりにパンプレットを見せながら説明してくれた。出発は11月から2月までのここの夏の期間。ニュージーランド出発のクルーズは約1ヶ月で、最低でも120万円。南米のアルゼンチン出発のクルーズは10日前後で、40万円。それにアルゼンチンまでの飛行機代(ニュージーランドから)やホテル代の追加料金は20万円くらい。うーん、値段が高すぎる。行きたいがあきらめるしかないか・・・。

 帰り道、一般道路を走っていると側道に煙を吐いた蒸気機関車に似たものが2台停まっていた。えっ、蒸気機関車?まさか!と思いながらあわてて車を止めると蒸気自動車だった。どこか調子が悪いらしくおっちゃんが真っ黒になりながら、石炭の炊く所を触っていた。車は1850年代のものらしく、後ろに古いキャンピングカーのようなものを引っ張っており、いまだに動いているのに感激した。

 しばらくすると動き出したが、スピードは全く出ずゆっくりと側道を走っていった。どこまで行くのか知らないがなぜか郷愁を感じさせた。



3月17日(水) Hanmer Springsへ

 朝夕かなり寒くなり木々の葉も色づき始め、秋を感じるようになった。ここから2時間のところに、ハンマー・スプリングスという温泉リゾート地があるので行ってみた。

 どこまでも続く牧草地を走りぬけ、高い山々に囲まれた峡谷にハンマー・スプリングスはあった。おしゃれな宿泊所やレストラン、ショップが多くありリゾート地を感じさせた。

 日本の温泉とは違って温水プールのような所だろうと思っていたが、やはりそうだった。ただ加工された岩の間を流れる温泉が作ってあり、少しは情緒を感じさせたが、水着を着て入り塩素の匂いがするのには興ざめした。

 その上、お湯の温度はぬるく、上がると寒いのでいつまでもたっても出られなかった。こっちの人はちょうどいい温度なのか、本を読んだり、おしゃべりしたりして楽しんでいた。子供達はプールのように泳いでいた。




 

3月19日(金) 映画に行く
 朝から雨、おまけに肌寒く家にいてもうっとうしいだけなので映画に出かけた。Northlands Mallに映画館が併設とガイドブックにあったので、行ったのだが、今ノースランド・モールは拡張工事中で、映画館も一番隅にありわかりにくかった。

 今話題になっている「The Lord of The Rings」を見た。英語で筋もよくわからず初めは退屈だったが、途中からスケールの大きさと雄大な景色に圧倒されだんだん面白くなってきた。この映画は、クイーンズ・タウン郊外やハミルトン近郊で撮影されたらしく、撮影場所を訪れるツアーもあるので行って見たいと思うほどだった。

 映画代は普通12$なのに、この映画だけ6,5$でおまけに客は8人だけで、なんだか申し訳なかった。映画が終わり最後の音楽まで聞いていると、いっしょに見ていたニュージーランド人が、面白かったか?と聞いてきた。やはり監督がこっちの人なので気になるのだろうか?

3月20日(土) 再びKaikouraへ

 カイコウラの漁港に、塩茹でのイセエビが売られているので、イセエビを食べようと再び出かけた。2時間半かけて行ったのに、漁港は土曜日で休みでがっかりだった。

 その代わりこの前に行けなかった、展望台に行き綺麗な海岸線と遠くに連なる山々を眺めたり、オットセイのいるシール・コロニーに行った。

 岩場に数百頭のオットセイが住んでいるらしいが、遠くに姿が見えるだけでなかなかこちらに来なかった。そのうち1頭だけが、何を思ったか皆が見ている海岸線まで近づいてきた。

 
 目の前5メートルのところまで来て、小さい岩の上に乗り、上を向いたり横を見たりしてとっても可愛かった。愛嬌のあるオットセイで特別サービスしてくれたとしか思えない。


3月23日(火) Waikuku Beach→Arthur's Pass→Greymouth(276キロ)
 5週間滞在したホリデーハウスを後にした。今日からいよいよ2週間かけて南島をドライブ旅行し、4月6日にオークランドからソウルに発つ予定だ。

 まずは東海岸のクライストチャーチから、2000メートル級の山々が続くアーサーズ・パスを越え、西海岸のグレイマウスに行った。アーサーズ・パス越えのこのコースは「トランツ・アルペイン急行」という人気のある山岳列車で、その列車と平行して走るのを楽しみしていた。ところが。せっかくの山々や湖も雨にけむって何も見えない。がっかりだった。

 グレイマウスは、人口7000人で西海岸最大の町とガイドブックにあり、夕方町の中心に行ったが、誰も歩いていない。食事する所も見つからず、しかたなしにモーテル近くのレストランに行ったが、料理のまずいこと。田舎町ではしかたがないか。モーテルで10日ぶりにホームページをアップした。インターネットカフェでは時間ばかり気になり、メールの送受信もあまり出来なかったが、ここではゆっくり出来た。

3月24日(水) Greymouth→Franz Josef Glacier(181キロ)
 朝から快晴。今日はこの旅のメインとも言えるマウント・クック周辺の氷河観光だ。いくつか残る氷河の中で、フランツ・ジョセフフォックス氷河にセスナやヘリコプターで簡単に行け、おまけに氷河の上を歩けるというので前日からわくわくしていた。

 グレイマウスから右手にタズマン海を見ながら海岸に沿ってずっと走り、やがて日のあまり当たらない深い森林へと風景が変わって行く。いくつかの森や牧草地を通りぬけ、昼前フランツ・ジョセフ・ビレッジに到着。

 早速観光案内所に行きヘリコプター・フライトを予約する。コースはいろいろあるが私達は20分間、$150のフランツ・ジョセフ氷河上空を飛ぶコースを予約した。今日は気象状況も良く4人集まれば飛ぶらしく、40分後に来るように言われた。その間、モーテルを探しに行く。観光シーズンも終わりなのに、どこも込んでいて思うような所がなく、ひやひやした。中心から少し離れたホリデーパークに行くと、最後の1部屋だけあり、あなた達はラッキーだといわれ、泊まる所が決まりほっとした。



 40分後ヘリコプターの事務所に行くと、$200のコースにグレード・アップしてあげると言われた。値段は$150のままでいいとのこと。どうも私達と一緒に飛ぶ人がフランツ・ジョセフとフォックス氷河の両方のコースを選んだらしい。ラッキーだ。今日は本当についていること!

 ヘリコプターは簡単に飛び上がり、どんどん高度を上げていく。今までいたビレッジが足元に小さく見え、タズマン海やそれに注ぐ川がだんだん見えてくる。空は真っ青に澄み切っていて、頂に真っ白な雪をいただく連山は、太陽に反射してまぶしく、くっきり浮かぶ渓谷は絵のように美しい。

 しばらくするとクレパスが入り、どころどころ青みがかった氷河が見えてきた。1つ目のフォックス氷河だ。ヘリコプターは雪原に軟着陸する。雪原に降りると真っ白な雪が太陽に反射してまぶしさが増す。さくさくした雪の上を歩き、マウント・クックやマウント・タズマンをバックに写真をとりまくる。

 帰りにフランツ・ジョセフ氷河の上をぎりぎりに飛んだり、急降下したり・・・とひやひやする場面もあった。あっという間の30分であったが、初めてヘリコプターに乗った満足感と、憧れのマウント・クックを空から眺めた充実感でいっぱいだった。


3月25日(木) Franz Josef Glacer→Wanaka(285キロ)


 今日も朝から快晴。フランツ・ジョセフからまた海岸線に沿って南下する。途中でハースト峠を越え、ワナカまで約5時間。


峠を越えたり、くねくね道が続いたり、また川に架かっている橋が1車線なのでスピードを落とさなければならず、距離の割には時間がかかった。

ワナカは有名だが、その手前にあるLake Hawea も良かった。まわりを高い山々に囲まれ、峠から見下ろすと湖面は、波一つなくどこまでも静かだ。湖水も澄んでいてこの美しさが怖いほどだ


 ワナカ湖のポプラ並木の黄葉は有名で、観光案内のポスターで良く見るので探して見にいったが、残念ながらまだ早かった。これが黄色だったら綺麗だろうなと想像して見た。ワナカでジェットボートに乗るつもりだったが寒いのでやめた。

 

3月26日(金) 再びクイーンズタウンへ

ちょうど1ヶ月前姉達と来たのだが、時間がなかったのでゆっくり出来なかった。今回はここで2泊した。泊まった所は、地球の歩き方に載っていたThe Queenstown Lodgeで、この前のロックスの半額の値段。 レストランやバーもあり、部屋からワカティプ湖も良く見え、スタッフの感じもよく文句の付けようがなかった。

 朝から雨が降ったりやんだりでそんな中、スカイライン・コンプレックスのゴンドラで展望台に行き、ワカティプ湖やクイーンズタウンの町を見下ろした。雨が降っていたのに、雲がなくなると急に晴れ間ができ、すると大きな虹もくっきりと見え本当に綺麗だった。

 ここの映画館で、「キーウィ・マジック」という映画を見た。主に南島の自然美を紹介したものだが、ヘリコプターに乗ったり、スキーをしたり、ジェットボートに乗ったり・・・と画面を通して十分楽しめた。

 



3月27日(土) クイーンズタウン観光
 
 朝からワカティプ湖の周りを散歩した。肌寒いがキーンと澄んだ空気の中を、頂に雪をかぶった山々の姿や、透き通った湖を見ながら歩くのはとても気持ちがいい。

 その後T.S.S.アーンスロー号と呼ばれる蒸気船に乗り、対岸までの1時間半のクルーズをした。この船は100年前に交通手段として使われていたもので、昔ながらに石炭をたいて蒸気を作り、その力で動く仕組みを見たりして興味深かった。

 湖上から見る風景も綺麗なもので、船内ではピアノ演奏があり、帰りにはみんなで歌を歌ったりして思ったより楽しかった。

 昼からは、1800年代にゴールド・ラッシュで栄えたアロータウンという町に行った。昔ながらの石造りの建物や、ホテル、小さな劇場もあり西部劇に出てきそうな町だった。

 


3月28日(日) Oueenstown→Dunedin(290キロ)
 クイーンズタウンからCromwell,Alexandra等の内陸部の小さな町々を通り抜け、南島で2番目に大きな都市ダニーデンに着いた。残念ながら雨で、風も強くとても寒かったが、モーテルに荷物を置くとすぐに出かけた。

 このモーテルも「地球の歩き方」で見つけたAlcala Moter Lodgeだが、ベットルームとリビングが分れておりキッチンも広く、清潔で申し分なし。その上「地球の歩き方」の本を見せると、10%引きにしてくれた。いつものことながら、この本には感謝感謝だ。

 ダニーデンはスコットランドからの移民が多く、19世紀末に建てられたスコットランド風の建物があちこちに残っている。町の中心であるオクタゴンという八角形の広場には、セントポール聖堂と市議会議事堂があり、両方とも重厚な石造りの立派な建物だ。

 ここはオタゴ半島の付け根にあり、海に面して細長く伸びた町で坂道も多く、複雑な地形なのになぜかこの町が気に入った。町自体かなり大きく、メイン通りに沿って商店街やレストランが続いているのだが、なぜか落ち着いた感じがする。それに、町のあちこちに石造りの建物が見られ、その建物の間から遠くの山々が見えたりする。

 今まで車であちこちの町や村を通り抜けたが、この町は好きとか、この村はあまり好きではないとか・・・自然に感じてしまう。何がそう感じさせるのかわからないが・・・。多分その町全体がかもし出す雰囲気なのだろう。



 

3月29日(月) ダニーデン観光

 
今日は快晴、でも風が強く気温は13度。かなり寒い。午前中石造りの建物を見てまわる。高さ56メートルのファースト教会

 国内に現存する鉄道駅の中でも、きわだった重厚さを持つダニーデン駅

 1884年に建てられたオタゴ男子高校の校舎。どれも同じ建築家のデザインというから驚く。

 昼からオタゴ半島をドライブ。19世紀後半に大富豪が建てたラーナック城、美しい庭園を持つグレンファロック邸。

 そしてオタゴ半島先端にあるアルバトロス・コロニー。アルバトロスとはアホウ鳥のことで、両翼を広げると3.5メートルという大きな鳥で、羽ばたかないでグライダーのように華麗に飛ぶ姿はすばらしいそうだ。



レンジャーによって保護され、観察小屋に行けば見られるそうだが、風が強くとても寒いので、案内所で写真や説明を読んだだけで見に行かなかった。


3月30日(火) Dunedin→Christchurch(395キロ)
 ダニーデンから東海岸に沿ってハイウェイ1号線を北上し、1週間ぶりにクライストチャーチに帰ってきた。車の運転も1時間ごとに交代し、まめに休憩をとりながら来たためか、HARUの腰の調子も少しはよくなった。

 クライストチャーチ市内の観光客もうんと少なくなり、いつもNo Vacancyのサインがついていたモーテルも、ほとんどがあいていた。久しぶりにノーザンモールのカフェに行きなぜかほっとした。


3月31日(水) Christchurch→Nelson(438キロ)

クライストチャーチからネルソンまで一気に走リ抜けた。山岳地帯を通るのでスピードが落ちるかと思ったが、車の通行料も少なくスムーズに走れた。途中Maruia Springsという所にぽつんと1軒だけホテルがあった。ランチに立ち寄ってみるとこんな所に、「秀山」という日本のレストランがあり驚いた。

 パンフレットを見ると日本式の露天風呂(水着着用)、打たせ湯、大浴場(日本式の入り方)があり、日本の旅館が出資しているらしい。中を見せてもらったが、なるほど所々に日本式を取り入れておりHanmer Springsより、よほど情緒があり良かった。

 でも客の数は少なくこんなので経営が成り立つのかと心配した。温泉だけじゃなくホテルも純和風の旅館にして、何もかも日本式にして特徴を出すほうがもっとはやるのに・・・と二人で話し合った。(余計なお世話?)

 夕方4時ごろネルソンに着いた。ニュージーランドで最も温暖な気候で退職者が住みたいという町だけあって、町中花々で飾られとても綺麗で落ち着いた感じがした。



4月1日(木) ネルソン観光

 連日移動ばかりで疲れたので、午前中モーテルで洗濯をしたりしてゆっくりした。モーテルの中庭は花が咲き乱れ、ベンチもおいてありなんとなく落ち着いた。

 昼から町の中心にあるクライストチャーチ大聖堂へ行った。クライストチャーチ市にも同じ名前の大聖堂があるが、ここネルソンの方が趣がありよかった。ちょうど私達が行ったときにパイプオルガンの演奏があり、1300ものパイプで奏でる音は荘厳な感じがして、1時間ほど聞いていた。

 その後地元のアーティストの作品が展示してあるスーター美術館へ行ったり、クイーンズ・ガーデンを散歩したり本当にのんびりと過ごした。



 

4月2日(金) Nelson→Picton(114キロ)
 
 南島の観光もすべて終わり、明日フェリーで北島に渡るので、今日はピクトンまで移動。

 南島はどこを見てもダイナミックな風景ばかりだった。氷河を抱いた山々,それを映すミルキーブルーの湖。

 手付かずの深い森、広々と続いている牧場。その牧場の中にぽつんと建つ窓の大きな家。

 遠浅の綺麗な海岸線と、それを見下ろすように高台に立つ家々。どこを見てもいい眺めだ。

 



4月3日(土) Picton→Wellington
 いよいよ南島を離れる日。レンタカーも無事に返却しすっと10時のフェリーに乗れた。来るときはあれほど大変だったのに・・・。フェリーはとても大きく、船にレールを敷きこみ貨物列車をそのまま載せていたのでびっくりした。乗客はお年よりの団体が多く、日本と同じように名札をつけていたのでなんだかほほえましかった。

 青い空、青い海。波も静かで多くの入り江や島々が点在するクイーン・シャーロット・サウンドを通る3時間の船旅はとても快適だった。


        

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