リッチモンドから  NO.4(1月8日)


 冬本番。
最近の日の出は8時前、日の入りは4時頃。おまけに太陽があまり顔を見せないので、一日中薄暗くどんよりした天気です。晴れなら−1度くらいになり寒いのですが、雨だと6度前後で余り寒くなく、電気のヒーターだけで十分なので 残念ながら暖炉を使う事がありません。
 また、楽しみにしていたスキーも、いつでも行けるという安心感があるのかまだ1度も行ってません実際12月はなぜか、こんな私達でさえ忙しかったのです。

クリスマスライトについて

 最近は日本でも繁華街や、有名な所でクリスマスの飾り付けが見られるようになった。それはここカナダでも同じだが、違うのは個人の家々がクリスマスのイルミネーションをすることだ。11月になるとショッピング・モールが飾り始め、日を追うごとに1軒、また1軒と増え、まるで競争するかのようにあちこちでやり始める。




 私達のアパートの隣は、タウンハウスと言って 2階建ての家が横に繋がっている集合住宅だが、25軒ほどの家々が一斉にやり始め、それは見事なものだ。夜になると赤、白、黄、青、緑の大小のライトが輝き、中にはサンタさんも立っていて綺麗だが、やり過ぎると日本のモーテル街のようで、もう1つ品がない。また大邸宅になると玄関、屋根から窓、庭の木々まで飾り、バランスや色合いを考えているのだろうが、実際に明かりをつけてみないと出来映えが分からないので、なかなか難しいと思う。


 バンクーバーの大手スーパーの社長の家は、専門のデザイナーがいるらしく、毎年多くの人が見に行くそうだ。また新聞に、イルミネーションの綺麗な通りや家の住所も載せるので、私達もよく見に行った。見せてもらう方は楽しみだが、見せる方は大変だと思う。電気も一般家庭用の送電では足りないので、この時期だけ特別増やしてもらうとか。電気代も馬鹿にならないだろう。



クリスマスのこと

 
12月8日

  ジョンとイーデスに誘われて、「日系人合同のクリスマスを祝う会」に行った。場所は「日系文化センター」と言うところで、夜なので周りの様子は余りわからなかったが,ずいぶん立派な建物なので驚いた。

 中にはいると、体育館のような広い場所に400人くらいはいただろうか。まず聖歌隊によるクリスマスソングから始まって、ハワイから来られた伝導牧師のお話。日本語で話され、冗談も交えたざっくばらんな話し振りで、久しぶりに大いに笑い,感動し涙も出てきた。そう言えばテレビを見ても英語なので、分からないことが多く、感動するところまでいかない。言葉の壁は相当厚い。その後、日系人社会で有名な「さくらシンガーズ」の歌声を聞いたり、一緒に歌ったりして楽しんだ。



12月16日
 
 ソウル・ミュージックによる教会のクリスマスコンサートに行った。場所はバンクーバーの、テンスアベニュー教会で、少し早めに行ったのに、もう一杯だった指導者は、チーコと呼ばれる黒人で、有名なシンガーだったらしい。一人で、100人ほどの聖歌隊を指揮したり、キーボードをたたいたり、とてもエネルギッシュだ。歌声に合わせて彼自身が踊り出し、しまいには会場にいる500人が踊ったりしてとても楽しかった。教会と言うと、厳かな雰囲気と思っていたのだが、近頃ではどうも違うらしい。説教だけでは人が集まらないので、歌を歌ったりして楽しい雰囲気作りをするそうだ。

12月23日 
 ジョンとイーデスが、クリスマスのディナーに招待してくれ、夕方6時30分、彼らの部屋へ行った。メインはミートローフ。オーブンから焼き立てのミートローフが出され、ジョンが好みを聞いて切ってくれる。これは男性の仕事で、小さいときお父さんに教えてもらったそうだ。付け合わせは、マッシュポテト、インゲンとコーンの温サラダ、それにグリーンサラダ。飲み物は、ジュースのジンジャー割。それぞれかなりのボリュームだ。

 まず食事の前にお祈り。「谷和夫妻とおいしい食事を頂けることを、感謝します。」と言っているのだろう。私達はいつも「アーメン」と言うだけだが,毎回感謝する気持ちが出てくる。いい習慣だと思う。食事中の話題はカナダ料理のこと。2人に「カナダ料理って何?」と聞いても、「さあ、何もない。ハンバーガーやホットドッグはアメリカだし・・・。」の返事。今まで何人かのカナディアンに聞いたが、皆同じ答え。結局ないということ

 前に、“カナディアンは味おんちでおいしくない。”と書いたが、イーデスやマチコさんの料理はとてもおいしいく、家庭料理はおいしいに訂正。その後、何十年ぶりかでトランプゲームをし、わいわい騒いだ。帰りには、クリスマスプレゼントとして、レストランの食事券までもらった。私達は、安い湯呑しかプレゼントしてないのに・・・。

 

12月24日
 クリスマスイブ。夕方からいつも行っている教会に行った。まず、いつものように皆と挨拶。握手したり親しい人とだったらハグしたり(抱き合う)。初めはかなり抵抗があったが、近頃では女性や年配の人だったら、すっとできるようになった。その後、歌を5〜6曲、ジョンがギターを弾きながら歌い、皆でコーラス。時々イーデスがピアノの伴奏、若者がドラム、パーカッションの演奏と様々だ。歌詞はOHPで出されるので、短い歌なら一緒に歌ったり・・・。そしてお祈り。

 次に、牧師さんのお話。バイブルの一章について自分の体験談を交えながら、分かりやすく熱心に話されるのだが、私達にはあまりよくわからない。この日は、イエス・キリストの誕生の話だったと思う。いつもだったら、この後、もう一度歌って終わりなのだが、今日は特別な日なので、一人一人にキャンドルが渡され、皆の前で自分の決意やお祈りを言って、キャンドルに火をつけてもらう。

 シーンとした雰囲気の中、まずマチコさんが「家族、夫や子供、孫達に神のご加護がありますように」と、少し声を震わせて言われた。またシーンとして、何人か続いて発表。私達は「何と言おう。英語でどう言ったらいいの?」とドキドキしていたが、ある程度発表したら終わったので、ホットした。皆で輪になってお祈りをして、厳かな雰囲気のまま終わった。

 毎週日曜日に教会へ行っているが、私達はクリスチャンでもないし、キリスト教を信じているわけでもない。ただ週一回このような静かな時間を持ち、何かに感謝することができ、自分自身素直になれる。こういう時間は大切だと思う。帰り道は車も少なく静かだった。テレビを見ても、クリスマスの歌やキリストに関する番組が多かった。


12月25日 
 クリスマス。マチコさん宅のパーティーに招待されているので、“いなり寿司”を作っていこうと、朝から買い物に行った。アパートを出たところ何だか様子がおかしい。走っている車の数が少なくとても静かだ。スーパーマーケットに行っても、駐車場はからっぽ。「えっ、何で?」と不思議に思い入り口のところを見ると、今日、明日は休みと書いてある。「あっ、そうか。日本のお正月と同じで休みなんだ。」と納得。

 仕方がないので、大阪超級市場(旧ヤオハン)だったら、中国系だし開いているだろうと思い、行って見ると多くの人で賑わっていた。後で聞くと、バスも運休、マグドナルドも休みだったとか。勿論大部分のレストランもしまっていた。

 6時,マチコさん宅へ。室内は大きなクリスマスツリーは勿論のこと、あちこちにクリスマスの飾り付けがしてあって,とても素敵だった。メインはターキー(七面鳥)のバーべキューだが、癖もなく案外おいしい。マチコさんはお料理も、もてなしも上手なので多くの人が集まるらしい。ポトラック・パティと言って、持ちよりパーティーなので、インドのサルサ、ドライカレーフィリピンのサラダ,イギリスパンプキン・ケーキ、プリンそして日本のいなり寿司とお皿の上も、国際色豊かだ。もう入らないと言うくらい一杯食べた。

 食後、20人位が集まってクリスマス・キャロル(クリスマスの歌)を歌ったり、クリスチャンの人がキリスト誕生の話をしてくれたり・・・。日本のクリスマスと違って、本当にキリストの誕生を喜び、祝う日だと思った。


お正月のこと
12月30日
 
日系人のお餅つき大会”に行った。入口で1人$5払うと、お餅2つ、煮豆、鶏のから揚げ、沢庵などが盛られた紙のプレートをもらった。他のテーブルに、お餅、黄な粉、大根卸し、納豆、のりなどが置かれ、皆自由に食べていた。私達もあっという間に平らげた。つき立てのお餅に大根卸しは、答えられない味だった。少しおなかが膨れたところであたりを見渡すと、「わー、日本人ばっかりだ。」と言う感じで妙に懐かしかった。でも話し声を聞いていると、日本語、英語、変な日本語が交じり合って奇妙だった。

12月31日 
 こちらで知り合った日本人の友人が、帰国するので空港まで見送りに行った。彼は、ワーキングホリデイで1年間いたので、帰るのがとてもうれしそうだった。HARUもお風呂と日本酒が恋しいと言って、うらやましそうだった。今ごろ日本では、元旦の初日の出が上がる頃だろう。(日本の方が17時間早い。)皆気持ちも新たに新年を迎えているんだろうなと、日本が懐かしくなった。

 夜、大晦日と言うのに何もなし。面白くないのでテレビでニューヨークのカウントダウンをずっと見ていた。後で聞くと、バンクーバーのダウンタウンでは、車が一斉にクラクションを鳴らし、とてもうるさかったらしい。それが夜中の3時頃まで続いたとか・・・。またウィスラーでは、お酒を飲んだ若者達が暴れだし、警官が100人出動し90人が検挙されたらしい。どうもこちらの年越しはみんなでパーティーを開き朝方までさわぐらしい。またお酒を飲んで車を運転しないように、一晩中バスは無料で走っているとか。やはり、紅白歌合戦を見て、除夜の鐘を聞いて・・・と言う大晦日がいいな。

1月1日
 いよいよ21世紀。でも実感なし。いつもと同じように9時に起き、トーストとコーヒーの朝食。おせちもお雑煮もなし。新年の気分もしないので、「おめでとう」の挨拶もする気にならない。久し振りに晴れたので、窓を開けて掃除。昼過ぎから、ジョンのお母さんの兄弟、姉妹が集まり新年会?が有ると言うので連れてもらった。お母さんの兄弟は十数人だとか・・・。それぞれが夫婦、子供、そして私達のような友人まで招待してもらって、40人前後は集まっただろうか?キッチンや部屋の隅にずらっと並べられたご馳走や、飲み物、デザートなどを、お皿に自由に盛って頂いた。知らない人ばかりだったが、みなリラックスしているので日本のように気を使うこともなく、気楽だった。最後に持参したプレゼントを交換したりして、わいわい言って楽しんだ。




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